水木 しげる
筑摩書房
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水木しげるがマガジンデビュー前の1964〜65年頃にガロや忍法秘話など貸本漫画に発表した短編を中心に編集した短編集。のちに世間知の権化ねずみ男として人気を博すことになる頭巾姿のキャラクターに人間たちが翻弄される様子をシニカルに描いた作品がずらりと揃っています。
収録作品は以下の18作。「勲章」「合格」「はかない夢」「神変方丈記」「ああ無情」「不老不死の術」「夢の食糧」「幸福の甘き香り」「空想石」「空のサイフ」「錬金術」「マンモス・フラワー」「「幸福」という名の怪物」「仙人酒」「心配屋」「悪魔の使者」「海じじい」「子供の国」
その収録作品の中から4作品を紹介。
「勲章」
ガロ第三号に掲載された作品。舞台は平安時代。ねずみ男は「とうとう人類の夢を実現したぞ」と空をヒョイっと軽やかに飛んで見せる。それを見ていた出っ歯メガネでお馴染みの太政大臣は、ねずみ男を国宝に認定して勲章を授けてしまう。実はねずみ男が天女の羽衣を盗んだことを知った少年は、ねずみ男が寝ているすきに羽衣を奪い返し、実はねずみ男は飛べないことを暴露するが、ねずみ男の方が一枚も二枚も上手だった・・・
現在放送中のゲゲゲの女房でも、少年ランドの編集者豊川さん(少年マガジンの内田勝編集長がモデル)が、この作品を読みながら「水木しげるのマンガは、ザラッとしてるなぁ〜」と絶賛し、原稿依頼に登場するというエピソードで使われてましたね。
勲章や肩書きに対する人間 の弱さと愚かさを痛烈に描いていて、おっしゃるとおり「ザラッとくる」作品です。暴露されても全くたじろがず「勲章を持っている人間がウソをつくものか」と豪語してみせるねずみ男の小憎らしさが素敵。
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「合格」
江戸時代頃、忍者になるべく伊賀の里にやってきた少年は、忍者評論家を名乗るねずみ男に声をかけられる。早速ねずみ男に教えを請う少年だったが、ねずみ男は、公認の忍者人間テストが解ければ伊賀忍者の頭領百々地三太夫への紹介状を与えると言い、様々な無理難題をふっかけてくるのだった。
魚を取って来いから始まり、ふとん、千両箱など次々エスカレートする難題に、少年が難色を示すと「十年だまって辛抱するのが真の忍者だ」「愛すればこそムチを打つのだ」「君のためになることだ」「苦しみを超えてこそ大いなる喜びがある」と、ブラック企業の経営者ばりのさわやかな弁説で少年をたきつけ、それらをクリアした少年が傷つき疲れはてて眠っているうちに、ねずみ男は紹介状を残してドロン。そし� ��、目が覚めた少年は喜び勇んで紹介状を開くと、そこに書かれていたのは・・・
いやいや、ねずみ男先生のその姿勢は今や多くの人々がしっかりと受け継いでおりまするな、などと皮肉っぽい嗤いが浮かんでしまってにやにやしながら読んでいたんですが、オチがブラック過ぎて最後はフハッ!と吹いた。
「錬金術」
貧乏な出っ歯メガネの男と妻子は近所の導師丹角先生を名乗るねずみ男の指示通りに毎日錬金術に精を出していたが失敗続き。それでも「ただの小石を純金にかえることができればどんな借金があったってすぐに返せるのだ」とポジティブに、時折大失敗をしては奇妙な笑いを浮かべている。
よく、熱心な宗教家や奇人が、希望も何もないような生活をしていながら、希望にみちみちた笑い声を発することがある。その笑い声と一緒なのである。
息子はそんな両親の姿にうんざりして、ある日、ねずみ男にこれ以上両親をまどわさないでくださいと言いに行くが、ねずみ男は一笑に付してこう言うのだった。
子供の自閉症スペクトラム障害
おまえたちが幸福になったのは錬金術をはじめたからじゃないか
瓦が金になりはしないかという果てしない希望 それによってもたらされる充実した日々・・・錬金術は金を得ることではなくそのことによって金では得られない希望を得ることにあるんだ
人生はそれでいいんだ・・・・・・・・・
この世の中にこれは価値だと声を大にして叫ぶに値することがあるかね すべてはまやかしじゃないか
ねずみ男に仮託して作者水木しげるの叫びが、そう、貸本漫画家として出口の見えない迷路の中をさ迷う苦境の中で辿りついたある種の達観がここにはあって、それは漫画を書き続けるという錬金術と同様に金にはならず、しかし希望であるところの日々の繰り返しの中で見出した価値観がぎゅっと濃縮されていて、ちょっと震えた。
「子供の国」
三話からなる短編連作。時は戦国時代、戦争で親兄弟を亡くした不運な孤児たちは自分たちの幸福は自分たちで作らねばならないとばかりに山奥に入り「こどもの国」をつくっていた。「こどもの国」では選挙によってニキビが大統領が選ばれ、No2の書記出っ歯メガネのゴマとともにこどもたちの集団を率いていた。そこに登場するのがコシマキデザイナーのカルダンことねずみ男で、最先端デザインのコシマキを女の子たちに売り込もうとするが、理想主義者の少年三太に追い返されてしまう。
かねがね正論ばかり言う三太を苦々しく思っていたニキビ大統領はゴマ書記の進言に従い、国民を型にはめて大統領の言うことをきかせるべく「期待される子供像」を制定。さらに、こどもの国の主食は芋だったが、大統領と� ��記は、実は国民に配給される前の段階でその芋を隠し、大量に蓄えていた。その芋の蓄えをねずみの被害から守るべく猫を飼おうという政策を打ち出すが、国民は誰も芋の蓄えなど無いのに猫を飼うのはどういうことだと、多くの国民が不満を漏らし始めた。そこで三太が、大統領たちは不正に芋を蓄財しているのではないか、と大統領達を問い詰め、ついにクーデターに成功、ニキビたちを追放する。
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新たに大統領に就任した三太はこれまでニキビ一味が不正に蓄えていた芋を開放し、芋の配給を平等にして、それまで実力主義政策のニキビ政権下では満足に配給をもらえなかった女の子や赤ちゃんたちから強い支持を受けた。しかし、配給が平等になったことで不満を覚えるようになったのが男の子たちだ。ニキビ政権下では男の子たちは体力に応じて芋を食べられていたのが、三太政権では赤ちゃんや女の子たちと一緒の量になってしまったのである。
追放されたニキビとゴマだったが、実は裏山にさらに芋を隠し持っており、コシマキを売りたいが、食糧生産重視の三太政権ではコシマキを売ることが出来ないねずみ男も彼らの仲間に入ってニキビ復権に暗躍して� ��た。そこで彼らが目をつけたのが不満を持っている男の子たちを調略することだ。隠し芋と新政権ポストで次々と男の子たちを寝返らせると、一気に子供の国に攻め入り再度のクーデターに成功、三太が追放される。
しかし、三太を支持する赤ちゃんたちが子供の国から離脱し、三太と赤ちゃんたちからなる一味はゲリラ戦を展開。さらにオイシイところを取りたいねずみ男はニキビ政権と三太一味との間で暗躍、ニキビ政権下で女の子たちのサボタージュもあって、ついに子供の国はニキビ政権と三太政権で分断されることになった。子供の国が内戦状態になっているころ、軍事力で鳴らす狸の国が隣国にまで領土を拡大してきていた。ニキビ大統領は「くさった政治」同士、狸の国と同盟を結び、一気に三太の国を包囲しようと� ��を進める。
ねずみ男は芋を報酬で受けることで三太を退陣させ無血開城させるべく三太の国に使者として向かうが、三太は「おいら・・・わずかな芋をわけあってその日その日を生きている人間じゃアねえかどこが悪いんだ」と聞く耳を持たない。そして軍勢が迫る中ねずみ男を捕らえ、「命がおしけりゃお前の弁説で協力しろ」と伝えるのだった・・・果たしてねずみ男最大の危機を乗り越えられるのか・・・という一大スペクタクル。みんな子供だけど。
腐敗した自由主義と現実離れした社会主義との間で揺れ動く人々の営みを子供の国に仮託して描ききった傑作。この透徹した視線が水木しげるの水木しげるたるゆえんなのでしょうか。おそらくハッピーエンドとして描いたのだと思いますが、現代から見ると、この作品で最後に象徴的に描かれた協力関係が、いわゆる野合として、社会に閉塞をもたらすことになるのだと思うと、結果として実に水木しげる作品らしい、現実の世知辛さを描いた作品になっているように思います。超傑作。
このように収録作品のうち四つ紹介しましたが、他の作品もどれも劣らぬ傑作揃い。人間の幸福を追い求める心から生じた悲喜劇を描いており、一人ひとりの力ではどうにもできない、それぞれが背 負った業を、ねずみ男が"まれびと"的な第三者として剥き出しにしていく物語たちだ。
収録作品の一つ「幸福の甘き香り」に、おそらくこの「ねずみ男の冒険」最大のテーマが記されている。
誰もがほしがり、誰もがつかみそこねる幸福・・・・・・・・・。
それは、本当はないのかもしれない。
しかし、人間は、生きている限り、何等かの形で、それをもとめてやまない・・・・・・。
ぼくたちはなぜ幸福(しあわせ)になりたいのだろう。それが時に悲劇をもたらすにもかかわらず。
水木 しげる
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